2013年1月15日火曜日

『いきものがかりのほん』

NHK「いきものがかりドキュメント」製作班監修(2012)『いきものがかりのほん』イースト・プレス


<きっかけ>
・昨年の夏に日本に帰国した際に、いきものがかりの「風が吹いている」がそれこそ「暴力的に」(pp7)流れていたのをきっかけに興味を持った。
・特に、彼らの歌詞の持つメッセージ性に関心があった。このブログでも、いきものがかりに敬意を示してタイトルや歌詞の一部を拝借させていただいた(茜色という名の約束月と私と、僅かな冷蔵庫と )。


<読む前に期待したこと>
・いきものがかりの魅力は、「大きな物語への回帰」「ギャップ・ルール」の二つで説明できるのではないかと思う。価値観が多様化した現代に、「ありがとう」「帰りたくなったよ」「僕はここにいる」に代表されるように、プリミティブな言葉で構成された歌詞に、聴き手は自分が大いなる物語の一部との連帯感を感じることができるのが魅力なのではないだろうか。

・60年くらい前までは、日本では個人の生きる目的がはっきりしていた。少なくとも、はっきりしていると思い込むことができた。自分が何者で、どんな役割を果たすことを期待されているのかを自覚するのが簡単だった。ところが、アメリカから輸入された個人主義と、消費単位を極小化しようとする産業界の力学によって、良くも悪くも仕事をマンションの隣の住民がだれなのかわからないような国となってしまった。このような、他人との関係が希薄で、何をよりどころにしていきたらよいのかわからない時代に、基礎的な価値を掲げる歌詞が聴き手の心に響いたのだと思う。

・一方で、このような歌詞を書く・歌うバンドのメンバーは学級委員のようなまじめな人間なのかというと、まったくそうではなく、出演するラジオ番組を聴く限りでは、とても面白い。ウミガメ、ペンギン、スナフキン、ホトケ。歌詞の素朴さ・純真さと、メンバーのキャラクターのギャップがこのグループの爽やかで怪しい魅力に繋がっていると思う。

・そこで疑問に思っていたのは、彼らが作ってきた曲は、彼らが本当に作りたい曲だったのか? ということである。言い換えると、多くの人に当てはまりそうな歌詞にマーケティングを行うことは、自分の主張を混ぜることと両立しないのではないかと思うのだが、どうだろうか。


<実際に読んでみて>
私がぼんやりと考えていたこのグループの魅力を、きれいにまとめてくれた文章を見つけました。



「シーンに登場したときから、いきものがかりは異質な存在であり続けた。彼らが奏でるメロディは瑞々しくもどこか懐かしく、日本人の情緒をたまらなく刺激する。また歌詞については水野、山下というタイプの異なるソングライターが書いたあとは、女性ボーカルである吉岡にすべてを託して歌ってもらうのが基本形だ。託した時点で歌詞はある種の匿名性を帯びる。例えば、”あたし”という一人称も、吉岡の歌う”あたし”はもとより吉岡個人を主張するのではなく、また書き手である水野、山下の心情を指すものでもない。”あたし”に何を感じるのかは聴き手次第。つまり楽曲を受け止めたそれぞれの中でそれぞれの”あたし”が花開く。発信者のリアルに依存することなく歌を歌として届けようとする姿勢、それは音楽に自己を投影しがちな同世代のバンドにはない個性として異彩を放ち、同時にいきものがかりが標榜する徹底したポピュラリティは老若男女の別なく幅広く受け入れられた。」(pp93)


やはりそこで疑問に思うのが、「徹底したポピュラリティ」それ自体が目的なのか、それとも、自分の伝えたいことを伝えるためにまずはポピュラリティを得ようとしているのか、どちらなのだろうか。すると、「ポピュラリティ」について関連する記述が見つかりました。下記、「風が吹いている」の曲の役割について語る水野さんのコメントです。


「よく思うのは、オリンピックが終わってからがこの曲(注:「風が吹いている」)の役目だったりするのかなということで、というのは、オリンピックに限らず、この年のことを思い出す時に、入り口になったりスイッチになったり、あるいは寄り添ったりすることが多分この曲の役目だと思うんです。震災があって、その翌年に行われたオリンピックの時点での、今の時代の人たちに寄り添えるかどうかというのが、多分この曲の試される場面だと思うので、そういう意味では、確かにこれから結果が出るというか、成績表が出てくるのかというは気はしますね」(pp7)


やはり、永く歌われる曲を志向していることがわかります。また、自分の生きた証として永く影響を与え続けられる曲を作りたいともインタビューで話しています。



「だからこそ、エバーグリーンな曲を作りたいって思うんです。エバーグリーンって、それを作った人は死んでしまっているのに、曲はずっと影響を与え続けているっていうことですよね。作った人が死んでから生まれた人にさえ影響を与えることだってある。そういうことに、僕はすごく憧れを感じるし、可能性を感じるんです。やっぱり、どこまで行ってもエゴはあるから、自分という存在がこの世界に生まれたことが何か意味があったと思いたいじゃないですか。少なくとも、僕にはそういう気持ちがあるんですね。無意味だとわかっているけど、意味があってほしいと思うから、自分が生まれてものを作ったことによってどれだけ世の中に変化が起きたのか、もしくは変化を与え続けられているのかということにすごく意識が向くんですよ」(pp39)


そしてついに、作り手の個性と曲の匿名性について語られています。この二つの両立について、水野さんはまだ模索中のようです。


「そのリズムのままでやると、僕が出ちゃうんで。というか、それが出ていいものならかまわないと思うし、僕が歌うなら整合性がとれると思うんですけど、いきものがかりの音楽はそういうことにはなってないから。それに、曲の中に変なフックはないほうがいいということも思ってるんですよね。変な濃さみたいなものはないほうがいいっていうか。作り手の個性が出過ぎてしまうのは、それがいい場合も確かにあるし、最近の日本の女性シンガーはそういうものを強く打ち出している人がけっこう多くて、それは素晴らしいなと思うんですけど、でも僕たちがやるものはそういう方向に寄らないで、なるべくフラットな状態で聴いていただいて、なんならその人たちに歌ってもらえるようなものがいいんじゃないかなと思ってるんです。(中略)自分たちの音楽をできるだけ遠くに飛ばすために、以前はなるべく自分のものにし過ぎないとか、自分を消すとか、そういうことを言ってたんですけど、でも自分がないものは伝わっていかないということも経験として感じているんですよね。だから、”自分を出して自分を消す”みたいな、相反する2つのことを両立させることがいちばん大事かなあっていう。自分の深い心情を歌って、個人的なもので、さらに自分というところから切り離されているという曲が多分いいんだろうということですよね。ただ、そういうものを作るのはすごく難しくて、どうやって作っていいのかまだわからないんです」(pp37)


今後、どんな曲が作りたいか聞かれると、水野さんは下記のとおり答えています。これが、私の問いに対する答えになるでしょう。結論としては、作者の気配を残しつつも、普遍性を両立して持ち、時代を超えて多くの人に影響を与える歌でしょうか。



「変化を及ぼす曲。自分の作ったものが世の中に対して何かしら変化を起こすものであってほしい。どんな形でもいいんです。”いきものがかりの曲を聴いて告白する勇気をもてました”っていうのも変化だし。いかに変化をおこせるかが自分には重要で。僕がすごく憧れてる局なんですけど『上を向いて歩こう』は凄まじく人々に影響を与えているじゃないですか。いろんな人の心に繋がってるし、今なお変化を与え続けてる。僕もそういう曲が1曲でも多く作れたらいいなって。だからこそ伝わることにこだわるし、ポピュラリティに意識を置くんです」(pp73)



<その他>
・ネットで注文したのだが、こんなにでかいサイズだとは思わなかった。




本日の配当

■アウトプット 10
時間45分

■投資 3時間35分
経費 2時間20分
■空費 1時間50分

計 18時間



投資の内訳


■読書 2時間20分
■中小企業診断士 1時間15分
計 3時間35分


中小企業診断士は、講義(財務・会計4AB)。

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