2016年4月15日金曜日

あきらめたらそこで会社終了ですよ?

海外に出て、日本では経験したことのない難易度の高い仕事を広い守備範囲で担当する中で、多くの失敗と学びがありました。


あとで笑い話になるようなものもあれば、あと一歩で営業停止になるようなものまで、エピソードは事欠きません。今では会社全体として海外で若手にお金や帳簿、税務、労務関係を任せることは減ってきて、リスクを避ける方向に傾いてきています。当時はよく会社がごりらみたいな若いのにそんな仕事を継続させてくれたと感謝してます。貴重な学びの経験を自分と組織の血肉として、今後に活かしたいと思っています。


ある金融機関とのプロジェクトとのことです。社内である程度根回しをしたうえでプロジェクトを進めてきましたが、いくつかの稟議を通す必要が新たに発生しました。さらに一つの非公式の稟議にも急遽、その案件を通す必要ができました。なお、ごりらは資料は作成しましたが発表は上司で、資料の作成者の名前も上司です。質問も上司に来ますが、ごりらも資料の作成者としてほぼ全員から認識されており、話すことはできます。テレビ会議です。


その会議では、多くの人がこのプロジェクトに反対しました。


「資料に不備がある」
「この会議は手続き上、この順番で提案するべきものなのか?」
「そんなスキームは聞いたことがないが、本当に大丈夫なのか」
「中期計画が楽観的すぎないか?」


通常業務で忙殺されている中で、短い時間で作った資料なので、不備があるのは承知しておりましたが、ここで案件を通しておかないと、資金繰りが詰まってしまうところでした。でも、ここまで英語で、立場の上の人から問題点を指摘されて、それでも上司を飛び越えて自分の意見を言う経験は、ごりらの人生で今までありませんでした。質疑応答は、正直、自分の仕事ではないとすら思っているところもありました。日本でも自分の意見を言うほうで、生意気な若手だった自負はありましたが、その場の雰囲気で、何かを話し、状況を改善する方向に結びつけるのはできませんでした。


結果として、その議案は否決されてしまい、ごりらの会社は資金繰りにつまり、債権者から訴えられた会社は倒産しました・・・・・・・


とはいかず、なんと、次の議案が始まって少ししてから、助け舟を出してくれる会議の出席者がいたのです。この助け舟を出してくれた方を、ぺんぎんさんとしておきましょうか。


ぺんぎん 「ちょっと待ってください。ごりらさん、これ通らなかったら●月にはお金なくなるんだよね?」
ごりら 「え、えええはい」
ぺんぎん 「資料に不備はありますが、資料を修正して再度次回の会議までに出すことを条件として条件付承認にしませんか。ここで承認をださないと、あとでいろいろ助けるために手間がかかるのは私たちですよ。」
ふぇれっと議長  「むー。ぺんぎんさんがそういうなら仕方ない。おいっ、ごりら。次からしっかり資料を作っとけよっ。みなさんそれでいいですね。次の議案行こう。」


間一髪で助かりました。そのときごりらが気がついたのは、恐怖感にも似た自分の責任の重さと、権威は当てにならないので、自分がしっかりしていなければならないという覚悟です。


そうなんです。


「ぺんぎんさんが今回は助けてくれたけど、ごりらがここであきらめてたら、本来は会社終了だった」
「誰も、うちの会社がこの案件を否決したらどうなるか考えていなかった。ただ、目の前の稟議書の不備を指摘し、どれだけこの提案がリスクあることなのかを指摘するだけだった」
「発表者である上司も、否決されれば資金繰りに困ることは知っていたが、なんとかなるだろうと思っていた」
「若いとか、ポジションとか関係なく、ごりらがここで現状を説明し、不備を認めつつも承認を勝ち取らなければ、会社はなくなっていた」


この会議は「ごりらはラストマンなんだ」という決意を新たにするきっかけになりました。その後、英語で、テレビ会議であれば、この会議と同様に単なるオブザーバーでも自分の意見を述べ、案件を通るように努力するようになりました。最初は知識や経験不足から頓珍漢な援護射撃をしてしまうこともありましたが、少しずつアウトプットと軌道修正を重ねるうちに、次第に議案が通りやすくなりました。最近では、ごりらの議案(提案者名は上司ですが)では何も質問がでなくなるほど、まかせてもらっていると思ってます。




今日のインプット

なし

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