2016年4月4日月曜日

給与を上げるか、さもなくば退職か

海外に出て、日本よりも2つくらい上の立場の管理職になると、人のマネジメントの大変さがわかります。しかも、スタッフは同じ教育を受け、同じ感覚を持った日本人ではなく、現地で生まれ育ったローカル従業員ですから、さらに難易度は高くなります。


まだ海外赴任したてのころ、現地の言葉をごりらが話せないため、英語のできるスタッフをアシスタントとして会社に採用してもらいました。当初は、その人に英語で伝えることで通訳・翻訳してもらうような組織図を考えていました。当初、そのアシスタントの彼の仕事ぶりは、当時の労働市場の給与相場よりもかなり高いパフォーマンスでした。みな、よい人材を手に入れたと思っていました。


3ヶ月くらいして、そのアシスタントが、給料を上げて欲しいと直訴してきました。生活が苦しいので、給与を上げてくれ、と。彼の給与は、担当者レベルの給与の4倍近くなので、何か事情があるのではないかと詳しく聞いてみると、前の会社から損害賠償の請求を受けているとのことと、他のスタッフと異なり、実家の支援がないため、資金繰りが苦しいとのことです。ごりらとしては、彼がいないと現地スタッフと意思疎通が図れないため、上に掛け合ってあげたいと思っていました。


ところが一方で、その当時、彼の仕事の粗さが目立つようになってきました。遅刻や長いお昼休み、会社の経費の無駄遣いや真実でない報告が増えてきました。このような状況が続いていたため、結果として彼の望みどおりの昇給はさせてあげられませんでした。ただ、期限を定めて、そのときまでに定めた業績がでれば、彼の希望通りの給与とすることを伝えました。


その場では彼は納得したようでしたが、2,3日して、やはり納得がいかないようで、結局突然やめられてしまいました。自分の仕事が前のようには進まないことがわかり、落ち込みました。下のスタッフは英語が話せませんので、ごりらはその後、必死の思いで現地の言葉を学び、現地のスタッフとも、お客さんとも少しであれば話せるレベルにまで成長しました。


この失敗から学んだのは、自分のスタッフが、いつなんどき急に退職しても、問題ないようにするのが部署のリーダーの仕事だということです。かつての日本のように、従業員が定年まで勤めるのは世界の潮流ではないとごりらは考えています。新しいマネジメント手法を考えなければならないということに気づけたのはラッキーでした。


そこでまず、部門内で誰が何を担当しているか(かつ、担当する能力があるか)を見える化し、現地スタッフ一人しかできないことを作らないように工夫しました。対従業員との給与の交渉においても、代わりのスタッフがいることを暗に仄めかすことで、優位に立てます。


次に、多くの技能を持っている従業員には、その仕事を別のジュニアスタッフに教えることを評価の軸にしました。「君らは、ナルトだ。だから、自分の分身を作れば作るほど自分が楽になるし、もっとエキサイティングな仕事に携われる」と、いつも言っていました。


最後に、いつも肝に銘じていたのは、自分がラストマンであるということです。誰が辞めても、誰がそのフォローができなくなっても、自分でその仕事が担当できるように、いつも仕事の流れの変更や結果に責任を持つようにしていました。


この失敗から学んだ管理職としてのスキルは、海外のどの国に行っても役に立つのではないかと思っています。






今日のインプット

■FP3級 30分


FP3級は、問題集縦串(不動産)。

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