2016年6月8日水曜日

(134)少年は大いなる魂に到達し、


少年は大いなる魂に到達し、それが神の魂の一部であることを知った。そして、神の魂はまた彼自身の魂であることを悟った。そして、一人の少年が、彼自身が、奇跡を起こすことができると、知ったのだった。



パウロ・コエーリョ著;山川絋矢・山川亜希子訳(1994)『アルケミスト ー 夢を旅した少年』地湧社、pp184



荒川弘『鋼の錬金術師』は、あまり真剣に読んだことはありませんが、「一は全、全は一」みたいな台詞があったと記憶してます。やはりこの『アルケミスト』をリスペクトしてできた漫画なのではないかと、あらためて思うのでした。真理に到達した少年は風になることができました。しかし、ここで意地悪なことを考えてみると、少年は実は風になっていないのかもしれません。思い出してください。太陽と対話するために、風はいつもより強く吹きました。太陽が自分の限界を告白したときも、さらに風は強く吹きました。少年は崖の上にいました。少年はただ、強い風にゆられて飛んで行ったのではないでしょうか。

正常と狂気、善と悪、意識と無意識に明確な区別がないように、この解釈も間違っているとはいえないものの、正しいともいえないでしょう。写真は、海と空、昼と夜、雲と波の境界線が限りなく曖昧な世界です。ごりらは、境界が曖昧なものが好きです。

ごりらの人生を振り返ってみると、異なるものとの境界を行き来することを楽しむことができたと思います。小学校では、同級生は怖くて腫れ物扱いだった留学生のブラジル人と友達でしたし、中学校では、学校の成績はよいものの、多くの先生からは嫌われていて、休み時間に図書館で一緒に過ごすのはいわゆる不良でした。社会人になってからも、すすんで海外に飛び出して、異邦人として仕事をしています。





今日のインプット

なし

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