2016年7月3日日曜日

人生は何に例えられるか

英検スピーチの素です。


<日本語で考えたこと>
<英語の構成>
<英語でまとめ=スピーチ原稿>
<その他>




<日本語で考えたこと>

酔ったおっさんが言いそうなことで恐縮ですが、ゴルフは3つの点で人生に似ていると感じています。


一つ目は、一つの基準で他人と比べること「も」できることです。ゴルフのスコアによって、同伴するプレーヤーとの比較、同じ日にラウンドしたプレーヤーとの比較、過去の自分のスコアとの比較、別のコースでプレーしたスコアとの比較ができます。人生も、何かの基準で比較すること「も」できます。儒教文化では年齢が一番重要で、アメリカ式であれば、年収でしょうか。


ここが重要なのですが、あえて「も」と強調しているのは、自分の関心をその基準に合わせるかどうかは、自分次第ということです。ゴルフ場の小鳥のさえずりやコースの開放感、風の心地よさは、ゴルフの楽しみでもあります。スコアだけに注目することもできますが、それだけでは、スコアがうまくいかなかったときに楽しめません。人生も同じで、みんなが採用している尺度で他人と比べると、自分が一番にならない限りはつらいだけです。花や星の美しさに気づくだけで、人生は楽しくなります。


この、一つだけの基準と見せかけて、それ以外の楽しみに気づくとより楽しめるという二層構造になっているのが、ゴルフと人生が似ているところだとごりらは思います。


二つ目は、目標は自分次第ということです。ごりらの場合、全ホールをダブルボギーを目標にプレーしていますので、ボギーがとれたらすごいうれしいです。でも、ジャック・ニクラウスがボギーをだしたら、悔しいと思うでしょう。


外から見ている人にとっては、プレーしている人が何を目指しているのかは見えないことは、覚えておきたいところです。ごりらは自分がダブルボギー以内で回れるかどうかに挑戦して、いつも楽しんでいます。でも、イ・ボミからみたら退屈で愚かなことをしていると思うでしょう。また、ごりらがたまにパーで2ホール連続で終われば、周りの人は、上達したね、と言うこともあると思います。そのときに、期待に応えようと思って、自分の次のホールの目標をパーにしないことも、重要なことだと思っています。周りに流されず常に自分の目標と戦わないと、もし次のホールでパーが取れなかったとき、ゴルフは自分で楽しむものから、他人の期待に応えるものに代わってしまうと思います。それは、ごりらは嫌なのです。


人生も、同じではないかと思います。親や教師の期待に応えるために勉強して、いい高校・大学に入って、いい会社に入る。社会の仕組みがよくわかっていないうちは、彼らの言うことを聞くのは合理的なこともあると思います。また、経済的自立するまではスポンサーの言うことを聞かなければならないこともあると思います。が、どこかのタイミングで、誰かの期待に応えることを辞めて、自分で何がしたいのか考えて行動に移さない限り、自分の人生は、いつも誰かのためのものになってしまいます。


まとめると、他人に流されず、自分が常に目標を設定していないと面白くないというのは、ゴルフと人生の似ている点だと思います。


三つ目は、メンターーやパートナーを持とうと思えば持てる点です。ゴルフはプロクラスになればキャディーの選定も重要な戦術ですし、誰から学ぶかもスコアアップにとって重要です。素人でも、キャディーには何にも期待しないような人もいますし、コーチをつけずに自己流だけでプレーする人もいます。それは、個々人の自由だと思います。人生も、どんな先達から学ぶか(あるいは学ばないか)、どんなパートナーと組んで(あるいは組まないで)、何を期待するか(あるいは何も期待しないか)も、それぞれの人次第だと思います。


これで理由は列挙しました。どんな反論がありうるでしょうか。

①人生は1回限りで、ゴルフは何度もプレーできる
②人生の失敗とゴルフの失敗はダメージが違う


一つ一つみていきましょう。


①人生は1回限りで、ゴルフは何度もプレーできる
→大写しで見ればその通りですが、人生の中でも局面局面で何度も失敗しても挑戦できるため、この批判はゴルフは人生と似ているという命題の致命的な欠陥にはならないと思います。


②人生の失敗とゴルフの失敗はダメージが違う
→「人生の失敗」の方がダメージが大きく長期に渡るといいたいのでしょうが、一つ目の理由で書いた、人生とゴルフを一つだけの基準で比較していることから生じる誤解だと思います。いい学校に入って、いい会社に入って、取締役になることを一本のルートとするなら、このルートから逸れるのは失敗だと思います。しかし、既に述べたとおり、人生にも、ゴルフにも基準は複数あると気づくことが重要だと思います。



<英語でまとめ=スピーチ原稿>

Life can be compared to playing golf for three reasons.


First, both golf and life can be measured by one standard. The performance of golf can be seen through the scores of 18 holes while that of life is measurable through the value added to the world. The value here can often be converted to how much this person earns in his or her life. The most important thing is that it is not always necessary for us to focus on the scores of golf and the wage in life. You can enjoy playing golf however poorly you play it. The twitter of birds makes you feel relaxed; the green filed lead you feel a sense of liberty; the pleasant breeze in a golf course helps you forget the noise of the city. It can be seen from the examples above that the scores are not all for the golf.  Also, it is true that the lives of people are often compared in terms of  how much do they earn. But I don’t think that’s all. The thing is whether you are aware or not. The beauty of flowers tells you the miracle of the world: the stars shine without expecting any compensation: only the existence of your family and friends are gifts. Although playing golf and life can be measured by one standard, you can find the pleasure in collateral issues in both cases.


Secondly, it is important for you to remember your own goal both when you play golf and when you live your life. The gallery and other players always evaluate your scores when you play golf in both a good and bad sense. Even when you do a good shot, their compliment is sometimes a nuisance to your swing of things. This is because no one expects you knows your golf:  your ideal shot, your goal in this course, and your amount of training. It is true that their perfunctory compliment leads you feel proud of your shot. But is it helpful in the long run? You would be a person who worries about what other people think. Your own will is essential to your golf to enjoy. I think this rule is applicable to life. Entering a good university or a big company is often regarded as a great triumph in life. You might be praised by a plenty of people for this. But if there is no will, it’s not helpful to your life.  In other words, if you do not have your own goal, the life is always the life of others, not yours.


Thirdly, both games have a partner and mentor if you want. It depends on you whether you hire a caddie and learn from a coach.  With or without this support, you can enjoy playing golf. Life has the same feature as golf has. It is up to you whether you follow the advice of someone in life. In both case, the accountability and the responsibility to improve belong to you.


You might think that golf can be played again and again as you like. But the life can be started again whenever you like. 


In conclusion, I think life can be condensed to playing golf. The more we enjoy playing golf, the more pleasure time we can spend on our life.




今日のインプット

なし

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